英語を勉強しているのに、
いざ話すと言葉が出てこない。
私には、
無理なのかも。
そう思うたびに、
また「もっと勉強しなきゃ」と
思ってきました。
その「できなかった」、
全部同じですか?
会議で突然話を振られると、
頭では分かっているのに、
言葉が出てこない。
電話を切ったあとになって、
「こう言えばよかった」と浮かんでくる。
メールなら書けるのに、
その場になるとうまく話せない。
でも――
知らなくて言えなかった。
知っていたのに、その場では言えなかった。
この二つは、
本当に同じなのでしょうか。
知っていたのに
言葉が出なかったとき、
その瞬間、
英語以外に何を
気にしていたでしょう。
「間違えたらどうしよう」
「こんなことも言えないと
思われたくない」
もちろん、
いつもそうだとは
限りません。
でも、もし、
「何を伝えたいか」より、
「私はどう見られるだろう」
を気にしていたとしたら。
そのときの「できなかった」は、
英語力だけで
説明できるのでしょうか。
もし、この二つが違うのなら。
「できなかった」ときに必要なのは、
いつも「もっと勉強すること」
なのでしょうか。
私はここを、一度分けて考えてみたいと
思いました。
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